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「異変かな~?」 [狩猟・動物]

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(夏野菜の屈辱をバネに秋野菜はがんばってます!)

 地球温暖化。暑い。このことは日本中誰でも肌で感じていること。
田舎で生活していると明らかに温暖化に伴って変化、悪化していることが暮らしや
自然の中で多く感じられるのはもちろんだけど、予期せぬ形で現れる今年の変化の
数々は温暖化のせいなのか、あるいは自然のサイクルの中の変化なのか、いろいろ
驚かされるばかりだ。

 畑。
 梅雨が明けるまでの雨と風と低温で田歌舎の夏野菜は農業人生最大の不作になっ
てしまった。田歌は毎年、春先から初夏にかけてに数回、台風並の強風が吹き荒れ
ることがあるのだけど、今年の奴は特にひどかった。
 トマトやなすびなどの夏野菜の定植を完了し、玉葱が結球しだし、ジャガイモが
2本立ちに整えられ土寄せを終えたちょうどその頃に吹いた一撃は、夏野菜を壊滅
させ、玉葱の根を引きちぎり、ほとんどのジャガイモの芽を吹き飛ばしてしまった。
そしてその風は畑にとどまらず、田歌の集落のある家の片屋根(7M×2.5M)を構
造材(垂木や屋根板など)ごと20Mほど吹き飛ばしてしまった。上からのぞけば
屋根の下の部屋が丸出しになったおもちゃのお家みたいな状態だ。そして、僕が7年
ほど前に建てた近所の木工屋(A-WORKS)の作業場の屋根トタンがすべて吹
き飛ばされてしまった。
 自分で立てた建物が災害にやられたことは初めてのことで、非常に悔しい思いが
した。
 その風が去った後も雨と低温が続き壊滅状態の夏野菜を回復させることは難しく、
やっと野菜が食卓に溢れてきたのは8月も盆を過ぎた頃からだ。

 そして、雨と風だけでない他の敵もこの春より突如として猛威を振るいだした。

 もぐら。
 以前から共存してきた彼らではあるが、今年は以上に数を増やし、すべての畝を
縦横無尽に掘りつくし、野菜の根を痛めつけいく。種をまいて発芽をしても、もぐ
らの新設したトンネルの地上部は一筋になって枯れていく。それが日ごとに何筋も
やられるのだからたまらない。せっかくきれいに育ち始めたお野菜が日を追ってモ
ザイク模様になっていくのだ。

 「なんでモグラがこんなに増えたんだ??」

 思い当たることが一点。以前から畝たてをする都度に畝を掘り起こす小動物がい
て、駆除してやろうと春先に檻を設置したところ、1匹のテンを捕らえることがで
きた。思い返せばこやつを処分した後から急激にモグラが増えたように思う。
実はあのテンは畑で活躍していたのだ。

 夏野菜の不作の悔しさから秋に向けての野菜つくりにはひと際力を注いでいるの
だけど、今も引き続きもぐらの被害に手をこまねいている。
肉でも捧げて畑にテンを呼び戻さなくては・・・。

 そして原田くんが手掛ける自然農法園では別な動物も猛威を振るっている。
鹿・イノシシの進入は防げているはずなのに、大豆は全滅し、人参も消えてゆく。
いったい何の仕業かと悩んでいたらある日1匹のウサギさんが畑を囲むネットとト
タンの間に挟まっていたそうだ。意気揚々とウサギを手に台所へと進む原田君だっ
たが、ウサギはどうも一匹ではないようだ。こちらの被害もなかなか収まらない。

 田歌舎の農園にはそんな小動物たちの変化だが、地域全体で見ればアライグマと
アナグマの被害が激増している。その駆除を地域より依頼され、この春からいった
い何匹の小動物を殺したことか・・・・。

 余談というか大切な営みというべきか、ただ殺すのは申し訳ないと、途中から切
り替えて、ありがたく食べてやることにしたところ、アライグマは絶品だった・・
・。


 さてさて、そうなるとこれは一匹だけの問題ではなくて捕食動物のキツネやテン
が森全体から減少しているのではないだろうか。という考えが頭に浮かんでくる。

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(サルに食い散らかされ、踏み倒された田んぼ。アイガモ農法で無農薬で上手くいってたのに・・・・・。)

 そして次はサルの仕業。
これも今年は凄まじい。田歌舎では毎年の恒例のごとし、春先のシイタケを数十枚
持っていかれたが、田歌集落ではほとんどの菜園で夏に入ってから毎日のようにサ
ルの襲撃を受け、ことごとく夏野菜がもぎ取られていく。サルは人を良く見ている
ので若者の多い田歌舎の畑には寄ってこないが、おじいさん、おばあさんの菜園は
軒並み全滅だ。野菜を口いっぱいにくわえ、さらには小脇にお土産を抱えて山へと
戻る姿の可笑しいやら、腹立たしいやら・・・・・・。

 そして秋が近づき更なる被害が発生する。
なんと米を食いだしたのだ。
かつてから稀にはあったそうだが、今年は群れになって毎日のように何処かの田ん
ぼで稲を食い散らかしている。地域より駆除を切望されて、二群れから1頭ずつ仕
留めることに成功したが、以前ならこれでしばらく寄り付かないはずだったのに、
今年に限ってその効果は薄く、間もなく群れになって田んぼに戻ってきてしまった。

そしてある日、いよいよ田歌舎の田んぼにも群れが侵入し0.1aほどの面積を見る
も無残に食い散らかされてしまった。

「いよいようちもサルに仕返しされたわ~~あ、はっはっは」

なんて集落の人たちと笑い話にしてみるものの、被害を見たときの腹の立ちようと
いえば、言葉に言い表せられるものではない。

「今度来てみろ。ブチ殺してやる~~~」

と鉄砲を手に出来る我々はまだいいほうで、ほとんどの人たちはまったくお手上げ、
泣き寝入りである。

 でも、これもまたサルの異変ということではなくて、サルが暮らす森の異変だと
考えるべきだろう。

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(がんばってくれたアイガモたち。と、被害を受けていない美しい田んぼ)

 近年鹿が減った美山の森に次にはイノシシが急増を始めた。
イノシシは元来の米好きだ。収穫を間近にしてイノシシの被害が出てくることはも
う間違いない。しっかりと草を刈り電柵の威力を整備しておかなくてはならない。

 そうしてつい先日、朝早くから犬が大騒ぎをしていた。
「サルか!小物か~~?」など思いながらな眠たい目をこすりながら犬を放してや
ると、間もなく家の周囲でハクビシン(外来種・害獣)の子ども2匹を連続して捕
らえた。「こいつらか~~」などとと思っていたら次にはキツネがふらふらと近く
を通りがかるので、「なんやねん一体?!」と思いつつもそのキツネも捕らえさせ
た。

 案の定、その小物3匹とも疥癬という皮膚病で、すっかり痩せ細り、見るも無残
な状態だった。そうでもなかったら明るい時間にそんな間抜けに家の側でふらふら
しているはずのない動物達だ。疥癬は皮膚の中で繁殖する目に見えないダニが引き
起こす皮膚病で、なかなか自然治癒することのない厄介な病気だ。野生動物は治療
が出来ないので疥癬によって命を落とすものも多いのだが、犬にうつっても面倒な
ことになるので、仕留めた小物どもの始末を済ますとすぐに木酢液で犬の体を洗浄
してやった。
 そんなこんなしていたら次にはサル出没の連絡が・・・・・。

「ほまるさん!下條の田んぼにサルがきてます!!お願いします!!」

 美山の森ならいいのだが、里が動物園と化してきた。

 もう、何が異変か自然なのか訳が解んなくなってきた。
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「イノシシが帰ってきた」 [狩猟・動物]

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(知井猟友会の初シシ君。でもこいつを獲ったとき、僕は隣の山で別のシシ追いをしていたので、自分で獲った達成感は味わえず・・・・。約80キロ:20貫目 口を広げると「おことぬし」みたいやな。)

 田歌舎=鹿。そんなイメージが定着しているような気がするけど、猟=鹿。とい
う訳では決して無いのです・・・。

 僕が狩猟をはじめたのは10数年前。飼っている犬があるときイノシシを捕らえ
てしまったことがきっかけとなり僕の猟師人生がスタートしたのだが、その頃美山
の森は鹿の劇的な増加が進行中であり、その後、数年後に狩猟免許を取得し、さら
に鉄砲を所持するまでには、犬は次から次へとイノシシではなく鹿を捕らえていっ
た。今から思えば当時は溢れんばかりに鹿がいた。冬、一人でスキーを履いて犬と
ともに森へ入ると次々と鹿に遭遇した。そして犬は鹿を追い、上手く追い詰めた時
にはナイフ一本で自ら留めを刺しに入ったものだ。
 当時、それだけ鹿がいることが普通のことなのかと思っていたが、まあ、結局の
ところ異常だったわけだ。ただその当時はイノシシもちゃんとそれなりにいて、や
はり時には森の中でご対面する小ぶりな奴を犬と共にやっつけては、ありがたくご
馳走になる事もあった。

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(真ん中が俺。いやいや、えらいおっさんになってきてしもた)

 そうしてようやく7年前に鉄砲を所持し猟友会のメンバーの中で本物の猟師とし
て第一歩を歩みだした頃、当時はまだイノシシも獲れていたので、売れない鹿がと
っても粗末に扱われていた。そんな中でペーペー(新米猟師)の僕にはほとんど配
当金がもらえるわけではなかったので、無駄にしている鹿を何とかお金にしてやろ
うと思ってあの手この手、そうして今(田歌舎=鹿?)に至った訳だが・・・。

 だけど、イノシシはやっぱりすごい。
何がすごいって、体全部が見事に美味しいのだ。

 足から首まで全て美味しい。
鹿の場合はいろいろな工夫があってこそ全ての肉を美味しく食すことが出来るのだ
けど、イノシシの場合、塩・コショウさえあれば全ての肉が美味しく食べられてし
まう。実際大きなイノシシを解体していると、見事に全身に脂が乗り、美味そうな
肉の塊と化していくその姿を見て、なんとも可愛そうな、いやいや、ありがたい生
き物だと思ってしまう。

 そんな訳だから全部の肉がそこそこの値段で売れるので、やっぱり鹿1頭と比
べれば、時には10倍近い値段の差ができてしまう。

 だから僕もたまにはイノシシが獲りたい。そう思っているのだ。

 なのにそのイノシシが3年前に僕らの猟場から姿を消してしまった。
捕獲0、目撃1。
猟師たちが獲りすぎたのだろうか?
いや、鹿の増えすぎによって安住の地を奪われた彼らは鹿の少ない地域へと移動し
たようだ。

「本当にそうなの?」
自問自答しなくもない。

今年その答えが返ってきた。
一時のピークが去り、美山町では5年前くらいから鹿が明らかな減少傾向だ。実感
では現在は一頃の3分の1以下にはなっているように思う。そして、その代わりに
京北や園部などの周辺の地域や京都市内近郊では鹿の目撃や被害が急増しているよ
うだ。
 美山の増えすぎた鹿は自分たちの食料となる草木を食いつくし、毒草を食べる個
体すら出てきた。イノシシを追い出した後にはいよいよ自分たちも限界となって基
本的に行動範囲の狭い定住型の動物のはずの鹿も草木が生い茂る食料が豊かな周辺
地域の山々へと移動をしたということだ。

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(田歌舎のかわいい猟犬たち。それぞれ一長一短ですわ。)
 
 鹿が少なくなってきた美山の森では昨秋どんぐりが豊作だった。

 一足先に出て行き見つけた安住の地にまた鹿が増えてきて嫌になったということ
なのだろうか。秋ごろより美山中で劇的にイノシシの痕跡が目に留まるようになっ
た。イノシシは元来広範囲の移動型の動物だ。ちゃんと自然の条件がそろえば帰っ
てくるのだ。

 今年の美山は雪が少なく、シシ追い(足跡をたどり、シシの寝床を襲撃、追い出
しをする猟)をしても雪の少ない斜面で足跡を見失ってしまったりで、なかなか獲
らせてくれないイノシシ君。

「ぼちぼち獲らせてくれよ」
そんな風に思い、わくわく、どきどきしながら森へ入る。まあ、結果獲れても獲れ
なくても、(もちろんたまには獲りたいのだけど)そんな風に鹿やイノシシとこれ
からも末永く関わっていたいものだ。

壊れていく自然のバランスのなかでも鹿やイノシシはたくましく対応しながら生き
ている。なかなか修復が難しい自然の変化で絶えてしまう恐れのある動物が多い中、
たくましさ、生命力を感じられる彼らが日本の森にいてくれることは本当に嬉しい
ことだ。

ようやく年末年始に少しまとまった雪が降った。
さあ明日はシシ追いだ。
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 「雪が無いと獲れない猟師」 [狩猟・動物]

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(からやまの狩猟。鹿に遇うまで歩き続ける)
 美山町は由良川に沿って東西に40キロ以上と広く、集落の標高差は200m以上
もある。そんなことで、田歌のある知井地区は大雪地帯として有名だけど、下流の
地区ではほとんど根雪にもならない。
だから同じ美山でも雪の少ない地区の猟師さんから
「知井の猟師は雪がないと獲物(もの)が獲れんでな~~。」
と僕らの地区の猟師たちのことを揶揄されることもあるのだが・・・。

 確かに知井地区では雪があることを前提にした狩猟方法が根付いていて、だから
こそいまだに犬に無線も付けず、犬の鳴き声を聞き、山を縦走する勢子の指示と、
地形を知り尽くし獲物の動きを読む下待ちの勘だけで、獲物を待ち伏せする。
そんな昔ながらのかっこいい?狩猟が成り立ってきた。

 勢子が2名ほど、下待ちが4名ほどいたら勝負が出来る。
山の中を犬と勢子が掻き回し、山全体を下待ちが取り囲み、谷川へ逃げ降りてきた
ところを撃つ。あるいは山の中を走る鹿を僕ら勢子が撃つ。

 だけど知井地区の狩猟者も例に漏れず、つぎつぎと年配の方が引退をし、今では
8名になってしまった。そうして、それぞれに本職もあるので、日に集まる猟師が
3人程度のこともたびたびで、僕らは山に登っても、下待ちの数が足らず、獲物を
取り逃がしてしまうことも多い。
正直なところ、雪がないとさらに条件は厳しくなり、獣の逃走範囲はとても広く、
読みを利かせても、なかなか的中させるのは難しい。

 それでも2月15日までの猟期中は何とか70頭以上の鹿を捕ることができた。 だ
けど2月以降まったくと言うほど雪が降らず、有害鳥獣駆除がスタートした3月の
狩猟は空山(からやま:雪の無い山・猟師言葉)で、獲れない日が続いた。
仕事として成立しないということで、つい先日、知井猟友会としてのグループでの
冬期の狩猟は終了した。

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(お母んのテコと仔犬たち。サンとテッペイは立派に猟犬に育ちました。もう1匹はペット犬?)

 それでは雪の無いところの猟師さんはどうやって獲るのか。

 やっぱり檻やくくり罠といった罠猟が盛んだ。罠猟は動物をいかに騙すかが勝負
なのだが、罠の達人と話していると、獣の習性を知り、行動を読み、手間隙をかけ
て丁寧に仕掛ける事が大切なことはもちろん、踏み跡が多い場所でも「ここならば
間違いない」という適所が見つからない時などは、倒木や、落ち葉を動かして、獣
が歩きたいような道を作って、そこに罠を仕掛けるという。
これは本当に根気の要る仕事で、僕らのようなせっかちな人間にはなかなか真似で
きないな~と思う。少しでも丁寧さに欠けているとたちまち見破られて、罠にはか
からないのだから。

 僕自身も罠の免許も持っているし、くくり罠も作って持っていて、何度かは使用
していくつかの鹿やシシを獲った事もあるのだけど、とにかく仕掛ける作業が面倒
くさくて、つい手抜きをすると、当然獲れず。性に合わず今ではほとんど手をつけ
ていない・・。

 銃による狩猟の場合には、全ての犬に無線の受信機をつけて、ぴーぴーという信
号の強弱でおおよその方向と距離を掴み、車で猟場を移動しながら、獣が里に下り
たところを撃つというスタイル。あるいは自分自身も山に入りながら、犬を入れ、
良く通る獣道に待ち構えて撃つ。
もちろんそれでも山(地形)を知り、獣の動きを予測する勘を磨かないと簡単では
無い。

 いま美山町には若手が育ちつつある僕らの知井班のほかに、40代の専業猟師数
名が中心となって構成する凄腕の狩猟チームがある。
彼らは雪の無い山の猟師さん。
全員が山に上がり、下待ちはいない。
あるときは人間だけで、ばらばらに山に上がり、獲物の寝屋(ねや:寝床のこと)
を取り囲み、忍び足で山の斜面を進み、獲物が見つかれば100m以上の距離でも
スコープで狙い撃つ。またあるときは良く鳴く犬を山へ入れて、獣をかき乱し、逃
走ルートになる広い斜面を予測して、里に逃げ落ちる前にはるか遠くからやはりス
コープで狙い撃つ。そんなことが出来る彼らは一年中狩猟で生計を立てている。
銃の腕は卓越していて、やはり山を歩く足取りは速く、山を、そして獲物(もの)
を知り尽くしている。

 つい先日、年に1回の美山町猟友会全体で協猟という機会があった。彼らのメン
バー4名と僕+数名が山に上がって勢子をし、年配の猟師さんは20名近く下待ち
で猟場を囲むという協猟ならではの壮大?な狩猟だったが、そのときの彼らとのや
り取りの中で、改めて凄さを感じた。

 正直なところ彼ら、特にリーダー格の2人にはまだまだ敵わないなと思う。雪が
ないと獲れない猟師からもう一皮も二皮も剥けるためには彼らがほんとうにありが
たいお手本であり先輩だと思う。

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(それでも解体は続く。)

 実は最近、最新のGPS付きの犬用の受信機を予約した。犬の場所が地図上でピ
ンポイントに分かる優れものだ。昔ながらの狩猟はもちろん自分の中で一生残る、
大切な経験であり、知恵でもある。
だけど今、知井地区には猟師は減り、雪も減った。さまざまな変貌に負けず、猟師
として食らいついていくためには、最新機器も、新しい狩猟方法も、そして飽くな
き追求心も必要だ。

 そして今年、新たに僕らの知井班に若い猟師2名が誕生しそうだ。 



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「犬とスタッフで朝練してます」 [狩猟・動物]


(まずは小鹿でしたがとにかく初日でました!!興奮がようやく冷めた犬たち。テコのほっぺには血がついています。)
 
 1月の仕事始めから、いつもより1時間早い7:30にスタッフたちは集まり、犬、スタッフ共々のトレーニングも兼ねて山の囲い込み猟をするのが日課になっている。
 
 まず地図を広げその日の猟場を決める。そして鹿がいるだろう「寝屋」の在処を想定して、そのポイントを囲い込むようにそれぞれ1人ずつ登る「待ち場」(逃げる鹿が通過する可能性の高い場所)を決める。そして犬を連れて行く人「勢子」はある程度鹿が潜んでいるだろうポイントに近づいたら無線で僕と連絡を取り合いながら、皆が待ち場に着いたのを見計らって犬を放してもらう。上手くいくと間もなく逃げる鹿が山域を取り囲んでいるスタッフたちの前を通過するという算段だ。鉄砲を持っているのは僕だけなので、僕の前に出てくれないかぎり狩猟にはならないのだけど、おおよそ毎回のように誰かの前を鹿が通過しており、特に至近距離で遭遇したスタッフたちはとても感激しているようだ。
 
 そうして一定の時間が経過したら、あらかじめ地図上で決めている山中のある場所に集合し、出来れば犬たちも回収して、お互い情報交換しながらまた別々のルートで山を下りる。当然ルートファインディング(地理勘)も鍛えられる。そんなプランを組んで毎朝山に入っているのだ。自由参加にもかかわらず毎回休まずスタッフたちはやってくる。すっかり日課となった朝練?の後、それぞれ10:00ごろから日々の業務に入る。僕の場合は引き続いて地元の猟友会での狩猟に出かける事も多い。そんな1月の生活だ。

 かつてのレオ(今は亡き)がいた時のようにイヌ1匹と僕だけで面白いように獲れるようなことが今ではなくなってしまったのだけど、今いる犬たちも日々慣れてきたのか、特に「マゴ」の成長が著しい。常に鼻を利かせて獣を探る様子はレオを彷彿させる。まだ若イヌなので、まだまだ判断力や勇敢さが足りないように感じるが、素質は十分だ。なんとか「マゴ+田歌舎スタッフ」で初日(初めての1頭)を出したいものだ。そして数年後にはレオのように活躍して欲しいな。


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「マゴを求めて」 [狩猟・動物]


(ラブラドールとのハーフの「マゴ」は山も好きだが、人も好き?)

 先日、「マゴ」(犬)が失踪した。
間もなく1歳になるところだった。ようやく「本能」と「我」が出てきたようで、人になつくばかりでなく、獣の匂いに敏感に反応するようになり、気配を強く感じた時にはそれこそ猪突猛進に山に突き進み、ちょっと呼んだくらいでは無視して山に消えてしまう。
「さあいよいよ面白くなってきたな・・・」、そう思っていた矢先だった。

 1泊旅行くらいならば「田舎の犬」の場合はよくある話で、獣を深追いした挙句に山を越えて山向こうの集落に出てしまい、なんとなくよその家の優しいお方に誘われて軒先でお世話になっちゃった、なんて事もあるので、まずは考えられる方面に捜索にいったのだけど、発見できず。2日目も同様に考えられる方々をさらに広く見てまわったが消息なし。3日目になっていよいよヤバイな~ということに・・・。

 いよいよ本腰になり、山に張り巡らせられている鹿防除ネットなどの網に絡まっていないかと近辺の集落周りは見てまわったり、あるいは車に轢かれている可能性もあると、道際の土手を見て周ったり、さらには近所の人たちから目撃情報を聞きまわり、4日目にはいよいよ迷子犬チラシまで作って配ってまわって・・・。

 犬にも色々と個性があるもので、長年飼っているとだんだんとその犬の癖がわかってくるから、
「あの犬の事だからきっとこうだろう」という風に、だいたいの行動パターンが読めて、ありうる可能性を絞り込みやすくなるのだけど、マゴの場合はようやく1歳に近づきようやく個性が見えてきて、癖も何もこれからというところなので、正直な所行動が読み切れないところがあった。
 ただ、基本的に人懐っこい犬なので、山の中でずっと理由無く滞在している事はあり得ないだろうとは思えた。もし山の中だった場合なら、獣と格闘するなどして大怪我をしているか、もしくはネットなどに引っかかってると言う事が考えられる。ネットにかかったときに冷静に暴れずに呼び鳴きをしてくれる犬だといいのだけど、必死に暴れてしまう犬だとたちまち締まってしまい致命傷になってしまう。首が絞まってしまえば鳴き声に気付く間もなく「あの世行き」だ。まだ「マゴ」という犬がどっちの性格かが分からないので悪い方の可能性も否定できない。
 また、すでに人里に下りてきているとすれば、車に轢かれたか、知らない人に寄っていって「犬さらい」にあったかと言う事になるのだが・・・・。

 そうして当ての無いままの失踪後5日目の夕暮れ時、隣の集落のある家族が八が峰に山歩きに行ってきたら遠くの方から犬の声が聞こえると教えてくれた。声を聞いたという場所を詳しく教えてもらうと、なるほどそこから民家にいる犬の声はまず聞こえない奥山だし、獣を深追いすると田歌からでも十分行く可能性のある場所でも有るしこれはひょっとしたらひょっとするぞ・・・。
 一旦は夜は厳しいので翌日の早朝に探しにいこうと考えたが、日にちも経っている状況から考えて衰弱してもいるだろうし、明日も頑張って呼び鳴きをしてくれる保証はないし・・・、
「こりゃ今すぐ行っとかなあかんやろ」
そう思いたち、真っ暗の中、スタッフの原田くんを誘って共に装備をして、山中へ入る。

 まずは声を聞いたという場所へ向かって登山道をたどり、その辺りに来てから耳を澄ましてみると、なるほどたしかに遠くから犬の声が聞こえる。
 さあ、捜索本番だ。声を頼りに道無き斜面を進み、時おり立ち止まり耳を澄ませつつ、こちらからも呼びかけつつ進む。声のするほうへ向かっているはずなのに斜面を下ると間もなく声が聞こえなくなる。また登りなおし隣の尾根へ。
 そんなことを何度も繰り返しながら約2時間半、かなり広範囲に探ったにもかかわらずなかなか近づかない声に相当な距離感を感じた。そうして頭(記憶)にある周辺の山の地形にも思いをめぐらせて、ようやくどうも田歌の北側の尾根の奥、ほぼ頂上近くにいるのではないかということを突き止めることができた。そこならば、集落からはきっと声が届かないし、また今の場所からなかなか声が近づかない事や、斜面では聞こえず、尾根では声が届いてくる事にもうなずけた。

 そう結論付けたものの、流石に余りにも現場には距離があるので、その日は一旦家に戻ることにした。戻ってから地図を広げ、地形を確認し、推測が正しい事を確信しつつ就寝。
 翌朝6時、田歌舎スタッフ総勢で、その推測地点に向かった。
尾根近く、昨夜より一際大きな「呼び鳴き」が聞こえる。見事、その頂上に林業用ネットに絡まって「マゴ」はいた。
  「マゴ」は無傷だった。無理して暴れることをしない辛抱強い犬だった。
そうしてスタッフの歩さんが差し出すおにぎりを一飲みにして、ネットから外してやるや否や、元気に走り回る。

「犬っちゅうもんは強いな~~。5日も飲まず食わずでまだ元気あるんなんて、人間では考えられんな。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 そうして無事、生還した「マゴ」ではあるがその後もたて続けに散歩中に失踪。一尾根越えて芦生の集落では缶詰を銜えてうろついている所をおばちゃんたちが捕獲。つい先日には福井県で現地の猟師によって捕獲。
「こりゃ逞しくてええこっちゃけど、狩猟する度に失踪されたら大変やで。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 この冬にはしっかりと共に狩猟をしなくてはならない。ただ闇雲に追い続けて遠くへ行ってしまうのではなくて、人間の前に獣を追い出して撃ってもらうのが仕事だという事を覚えてもらわなくてはならない。
そのためには何度も狩猟を繰り返し、上手く行った時には「褒めて」「褒めて」を繰り返していって・・・・。
そうして「マゴ」との狩猟のパターンが出来、そして信頼関係が出来上がっていくはずだ。
 
まあ、何はともあれ雪の季節が楽しみになってきた。


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「野鳥のお話」 [狩猟・動物]


(07年4月16日の唐戸渓谷。木々、歌い始める季節です)
 
 田歌での今年の初ツバメは3月末。昨年は4月7日とメモしてある。
農業の開始の合図とされる彼らの飛来。そんな所でも気候の変化を感じる事が出来るのだけど、それはさておき・・・。

 彼らは南の国フィリピンやラオスの方から「避暑のため?」に日本へやってきて、秋ごろには「避寒のため?」に南へと戻っていく。つまり彼らは熱い所も寒い所も嫌いな連中ということになる。で、熱帯を出てさわやかな日本にやってきたらさっそく巣作りを初めてせっせと子育てに励むのだ。

 我が家には新築のその年から「1つがいのカップル」がやってきた。今年はどうも「3カップル」に増えているようだ。日本では縁起が良いとされて、可愛くもあるので、いちいち糞受けの台まで作ってやって見守っている。そうして巣立ちをした後はあまり近くで見かけなくなる彼らだが、また南へ旅たつ直前になると少し逞しくなった姿を見せて何故か再び我が家周辺にやってくる。当然家主の俺に別れの挨拶をしている訳では無いだろう。ひょっとしたら庭木や電線に群がって、「来年またここへ来るんだよ」と親子で場所の確認をしているのかも知れない。それを「ツバメがお別れの挨拶しに来たよ」なんて子供たちに嘘をついてみたりして、私を含めた日本人たちは勝手にロマンチックに感じている。
 
 だが、南の島では事情が違うらしい。
日本で巣立った子供たちが全員無事で翌年我が家に嫁さん連れて帰ってきたら大変なことになるのだが、どうもそうならない理由にも人間が絡んでいるようだ。
 「南の国の住人たちはツバメを食うらしい・・・。」
すっかり人間は安心だと思って帰った子ツバメ達はうっかり南の住人たちにも気安く近寄るようで、そっちではツバメはコオロギやバッタ同様に大切な「タンパク源の一品目」と扱われている。きっと日本人がスズメを食うようなものだろう・・・・・・・・・・。
 
 
 さて気を取り直して・・・、サシバというタカの仲間(猛禽類)も3・4日前から姿を見せ始めた。彼らもまた日本では「夏鳥」(夏の間観られる鳥)とよばれ南のほうからやってくる「暑がりで寒がりの鳥」のようだ。「ピッックイ~~~」とトビの声より細く高い声で鳴き、良く聞こえるので姿を見つけるより先に鳴き声で気がつく事が出来る。で、空を見上げてみるとちょうどカラスくらいの大きさで羽をバタバタさせて飛んでいる姿を見つけることが出来、遠く旅をする鳥のわりにはあまり上手な飛び方に見えないのが面白い。

 タカの仲間にはトビ(通称トンビ)またオオタカなどのように留鳥といってずっと同じエリアで生活するものもいる。オオタカはふかふかな毛に覆われているので確かに日本の冬でも暖かそうだ。トビははるかに飛ぶのが上手いように見える(グライダー飛行が得意)ので、どこにでも旅に出てくれたらいいのだが、彼らは特に日本人が大好きなようで、トラクターの後を掘り起こされたミミズやカエルをあてにしてついて回ったり、生ゴミの捨て場や狩猟獣の残骸などを上手く見つけては、四季を通じて人間との共存を図っている。

 そういえば冬の間には「ミサゴ」という海に多い白いからだが美しい大型のタカが芦生の集落周辺に出没し、さすがに目立つその勇姿に野鳥好きでない人たちも騒いでいた。私たちは勝手に「ミサ子」と名づけて観察していたが、もう芦生を離れもとの海へ戻ったようだ。たまには川の魚を食べたくて来ていたのかもしれないが、日本語ではこういっためずらしいパターンで飛来した野鳥のことを「迷鳥」と呼ぶらしい。

「別に迷ってへんで。」
と、ミサ子は言いたいかもしれない。


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「狩猟の季節」 [狩猟・動物]


(昨シーズンのワンシーン)

 ようやく雪の季節だ。そう、狩猟の季節だ。
週末の冬の森のガイド以外には、毎日のように山へ獣を追っていく。
そして獲れた獣の解体も日々続く仕事。
今は余ることなく売れている獣肉だが、シーズンも半ばを過ぎると余ってくる。
それらの獣肉はどんどんと猟友会や、田歌舎の冷凍庫にストックされていく。
狩猟は決して稼ぎの良い仕事ではない。
売れなければ当然1銭にもならない。
獲れた肉を無駄にせず。品質の良いものも悪いものも、それ相応の使い道があって、何とかお金に換えていく。

 取引先との信頼関係。
例えばフランス料理を僕はよく知らないが、どのような部位をどのように使うのか、血抜き、真空などの保存方法など、出来る限りシェフたちが望む品質や取り扱いを聞き出しながら、猟師だからこそ知りえる季節によって変わる品質、やオス、メスの違い、個体差についてなど、きっとシェフにも知り得ないだろうより詳細な肉質についての情報を伝える。また、自然が相手である以上、可能な事、不可能な事などを正直に伝えながら、お互いに量、品質、価格共より希望に近い取引が出来るように努めてきた。
それは既に猟師の仕事を超えているようでもあるが、本当に獣肉のことを知り尽くし、和食、洋食またはアジア料理など様々な可能性を探り、それに見合う獣肉を選び、期待を裏切らない販売が出来るのは猟師だけなのだから、今の時代は獲るだけが猟師ではないと思っている。また、そうでないとただの趣味でしか成り立たない。

 言い出したことはやり遂げる。
僕の所属する知井猟友会は現在約10名。狩猟者としては僕が最年少で、最年長は73歳になる。
年配の親父たちはかつて剥製や熊の胆などが高価に取引され、猪や鹿肉もはるかに高価格で取引された「引く手あまた」の良い時代を経験している。それが今や、獲るだけでは全く成り立たない経済状況の中、僕たちの新しい取り組みに理解を示し、若手の奮闘を見守ってくれている。ただし、猟師の世界。どこかの「ヤ」のつく世界と似たような気質のある世界。
結果がついてこなければ成らない世界。

まあ、やり遂げればいいだけのことだ。


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「豊かな森と獣害と獣肉」 [狩猟・動物]

 
(雄鹿を仕留める私と、犬のレオ、そしてゲストのホールアース自然学校のスタッフ達)
 
 一昨年の「熊騒動」は、まだきっと記憶に残る事だと思われます。
どんぐりに代表される森の実りが、たび重なる台風の直撃を受け大凶作になりました。
と、この騒ぎに対する大きな原因は周知の事だと思われますが、じわじわと迫り来る温暖化と酸性雨、さらには急激に発達する中国からの黄砂などと共に到来する多くの有害物質が、本州の全ての木々を、又草花を蝕み、確実に森の豊かさを奪っていることを意識している人は非常に少ないのではないでしょうか。
 
 一昨年の熊騒ぎのあったシーズンに於いては、熊だけでなくイノシシ、鹿などの植物が主食の獣たちは、軒並み痩せていました。獲れるほとんどのイノシシには脂肪がほとんどのってなくて、牡丹鍋用に出荷できるものはごくわずかでした。また鹿は初冬より肉質が悪く、春が近づく頃、水を求めて、またわずかな食料を求めて人里に下り、人目のつくところで体力が尽き、立つことも出来なくなり、座り込んだまま死んでいく姿を多くの人が目撃しました。
その年の夏から秋、畑を荒らすサル、鹿、また田んぼを荒らすイノシシの被害が続出したことも忘れてはなりません。  
 
 そうして昨年の春、森の木々は10数年来記憶に無いほどありとあらゆる花が咲き乱れました。
美山町をフィールドに活躍するネイチャーガイドの全ての方が、興奮しながらその様子を語り合う姿は記憶に新しいところです。
本来植物が持つ、種を残す為の力として、凶作、またダメージを受けた次の年は豊作になる事は良く知られている事実ですが、ほとんど全ての植物が、一昨年にダメージを受け、昨年「頑張った」証なのだろうと思われます。そして秋、多くの実りをつけた豊かな森の中では冬前になっても尾根や谷のいたるところに、まだ食べ切られていない木の実たちが、地面を覆っていました。
そうして初冬には脂肪をたっぷりとのせたイノシシが獲れ、2月になってもまだ筋肉を隆々とさせ、
かつて無いほど肉質もすばらしい鹿たちが雪山を闊歩しています。
また、昨夏から、秋にかけて、人里、農作物への獣害の報告はほとんどありませんでした。

 昔を回顧して地元のお年寄りの方がよく言われます。
「昔は畑に柵などせんでも(しなくても)獣が荒らすことは無かった。」
(多くのお年寄りから直接聞いている言葉)
あるお婆さんは、「子供の頃に鹿なんか見たことも無かった。」
(同じ集落のお婆から直接聞いた言葉)
悪名高いサルも畑に表れことは稀で、カラスでさえ野菜を取りに来る事は無かったらしい・・・・・・。
この事は、すなわち森が豊かであったことを示しているのではないでしょうか。

 地球上稀に見るほどの豊かな自然環境、気候条件を持つ日本の現在の森は見た目には緑をたたえています。
でも、南限に位置する落葉広葉樹林(どんぐりに代表されるブナ科の植物など)はすでに、西日本全域に広がるナラ枯れ病、ブナの立ち枯れなどのように、明らかに衰退しています。それこそが一昨年の熊騒ぎの根本的原因ではありますが、さらには今健全であるように見える常緑樹など緑をたたえる木々たちが、すでにどれほど蝕まれており、いつ病状をあらわにする事でしょう。

 最近の10年来、森林面積が特段に減少しているわけでもないのに明らかに人里への獣害が増えているという事実は、豊かであった森の木々の生産性が衰退している事の証明でもあります。
「生きてはいるけれど、弱ってきている。」という事です。

 地元の森の中をくまなく歩く私達猟師は、森の恵み、林床の植物の衰退、表土の乾き、また実りの良し悪しに左右される獣肉の質、そういった身近な自然の変化を肌身で感じる事の出来る数少ない人間です。ただ残念な事は、それをデータにしたり、数字にしたり・・・、今の人間の社会、日本の行政に訴え、動かすだけの理屈、理論をでっち上げる事が出来ないという事です。
ただ、肌身で感じているだけなのだから・・・・。
 
 いま、私たちの感じている事。
「森が豊かだと獣の質も良く、また人里への獣害も少ない事。」
「それは農家も安心して作物を育て、猟師もありがたく恵みを頂き、山村で暮らす皆にとってありがたいこと。」
「またそれは、熊をはじめ多くの生物が絶えることなく暮らせる大前提である事。」
「ただ、このような豊かな年はめったに無く、ひょっとしたら二度と無いかも知れないと思うこと。」
・・・・・・・・・。

「森の衰退の過程のなかでの植物達の必死の抵抗(がんばり)ではなかろうか。」

より多くの人たちに、植物の為に、動物の為に、そして私たちの為に、さらに子孫の為に、一番大切なものに気付いて欲しいと思う。

田歌舎のホームページ http://www.tautasya.com


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私、イノシシに襲われまして・・・。 [狩猟・動物]

(計りにかけたイノシシ。内臓を抜いて26貫、約104キロを計測。)
(軽トラへ乗せた直後の私と猪)

 猟師生活最大の危機でした。
1月末の事。前日に見つけたイノシシの足跡を自ら勢子として追跡し、尾根で遭遇。
さらに追跡して谷に追い下ろしたところまでは良かったのですが、
自分自身が谷へ降り立った瞬間、イノシシは方向転換し、自分へと向かってきました。
20mもない所から3発発砲しましたが、最後倒れた場所は自分の目の前、2mありませんでした。
倒れた猪は重量約110キロの雄 強力な牙付き。命中した弾は1発のみ、心臓を貫いていました。
1発もあたらなかったら自分が死んでいたかもしれません。
また、あたった1発が致命傷でなければ、きっと今頃は病院の中でしょう。
猟師という仕事の怖さと、油断というものの怖さを重大に感じる事が出来た一幕でした。
イノシシを追っている過程で、イノシシより低い位置に降り立つ事の危険。
追い詰められたイノシシは人間に向かってくるという事。
それを忘れわざわざ谷に降り立ったひとつの失敗。
それで命を落とす事があることを、まさに肌身で感じる経験。
その日の前日には和歌山の方で猟師が1人、猪に突かれて死亡していた。
俺は「生きる運命」があったようだ。


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「うなぎのおっさんパート2」 [狩猟・動物]


(写真:恥ずかしながら酔っ払いの私と、約1mのうなぎと、よめさんの母)
さて、先日のうなぎのおっさん達に触発されて、
ようやくうなぎ釣りにチャレンジ。

少し下流にある釣具や入漁券を販売している勝山商店にて、針や糸を購入したついでに
少しコツを教えてもらえないかと尋ねてみたら、すっかりいろいろご指南を受けることが出来た。

さて、まずは餌の小魚を釣りに行こうと、家の畑で‘みみず’を確保し、さらに‘ばか息子’を確保して支流の谷へ。
どんな魚でも餌になるのだが、とくに「やまんだ」(アブラハエの地方名)が良いとのこと。
アマゴ釣りの外道で釣れるやつです。今までなら「くそ!」っと捨てていた‘やまんだくん’を大事にバケツに入れて持って帰る。
大事な‘息子さん’にも数匹釣らしておいてご機嫌とりです。

そうして日の暮れ。家のすぐそばの本流の淵へ、いざ出陣!!
地元のおっさんが良く捕れるという淵と、前から気になっていたもうひとつの淵へ2つのハエナワの仕掛けを挿入。
餌はそれぞれ3匹づつ。

で、晩には遠くから尋ねてくれた親戚達と宴会。
田歌舎ご自慢の地鶏のふるこーすを振る舞いつつ、良いかげんに酔っ払う。
そうして夜が更け、客人を泊まり先のペンションにお送りして後、足を‘ちどらせながら’いざ河原へ。

この瞬間を言葉に置き換えるのは難しい。
至福の瞬間を経て、用意周到に用意していた米袋に‘ぶつ’を入れて、マウンテンバイクにまたがりハンドルを'ちどらせながら’家に戻り皆さんに結果ご報告!!
・・・・の'あほ顔のおっさん’がご覧の通り。(上の写真)

さて翌日、うまいタイミングでやってきたGentaグラスのげんた夫婦と蒲焼で召し上がれ。
生まれて一番でかく、美味しいうなぎを楽しみました。
今までの鰻は何だったのか!?と思うくらいでありました。・・・・・まじで。

そんな訳で、今宵も‘2匹目のうなぎ’を目指して頑張ります。

ホームページはこちらから http://www.tautasya.com


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